【連載:インディーゲームの新時代④】デジタル時代の新しい「価格」のあり方

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執筆者:編集部

私は、大学の非常勤講師もやっているのだが、先日学生から興味深い話を聞いた。なんでもこの大学の学生は支給されたノートPCで授業中に「マインクラフト」で遊んでいるというのだ。本コラムでもたびたび登場したモンスター級のインディーゲーム「マインクラフト」。そこまでポピュラーになっていることには改めて驚かされた。

https://youtu.be/kzQQOMCxTp4

とはいえ、ブロック建築を楽しむ無料版があるため、学生間の口コミ効果で普及したのはうなづける。学生が講義を聴くふりをしながら、ガシガシ建築作業している姿は、教師としては容認できないものの、なんだか微笑ましくも思える。そんなニッポンの不真面目学生が、いつの日か世界的にヒットするようなゲームを開発するような将来に期待したいところだ。

さてインディーゲームについて5回の連載にわたる本コラム。連載終了が近づいてきた第四回目では、現在のインディーゲームシーンに焦点を当てることで、ダウンロード販売が生み出した新たな「価格」のあり方について見ていきたい。

インディーゲームと他のゲームの違い。

毎度おなじみの図です。

さて、これまで何度も説明してきたようにインディーゲームの一つの特徴は、流通面においてダウンロード販売を行うという点である。もちろんパッケージ販売がまったく無いとは言い切れないが、日本国内の同人ゲームの多くが同人ショップや即売会といったリアルな場所でパッケージ版を頒布しているのと実に対照的である。

ゲームに限った話ではないが、ダウンロード販売のメリットは、圧倒的に流通コストが安いことだ。ゲームを収録するための記憶メディア、それを運ぶ運送費など、パッケージ販売に必要なコストの多くがダウンロード販売では発生しない。もちろん、デメリットも少なからずあるが、それらを補って余りあるだけの魅力がある。

以下ではインディーゲームが見出してきた、デジタルコンテンツの新しい売り方を紹介していこう。これらは販売や宣伝のための資金力が少ないインディーゲームのデベロッパーが編み出してきた新たな戦略であるが、コンテンツ産業の新しいビジネスモデルとして、多くの人に参考になるものだ。

価格決定の自由度が少なかったパッケージ販売

まずデジタルコンテンツの新しい売り方を紹介する前に、それらの前提となっている「コンテンツの価格」について触れたいと思う。

コンテンツ産業が販売する商品は、音楽、映画、ゲームやアニメなど多岐にわたるが、それらの共通点は生活必需品ではないということだ。そのため、単純な需要と供給のバランスによって価格が決定されるのではなく、法律や市場の特徴、業界の構造など複雑なファクターが働く。

事実、日本では再販価格維持制度(再販制度)によって、書籍や音楽CDなど一部のコンテンツの定価販売が義務付けられている。「売れないから」、「人気がないから」といった理由によって、小売店は勝手に書籍やCDを安売りすることができないのである。

ゲームのパッケージソフトはこのような再販制度の対象外にあるが、それでも価格はパブリッシャーの決定する定価の力が大きい。パブリッシャーは開発費や販売費、宣伝費などのコストから「どれだけ売れたら採算が取れるか」を考え、定価と初期出荷数を決定する。販売開始後に採算が取れると、廉価版がリリースされることもあるが、パッケージ販売においては価格設定の自由度は低い。

ダウンロード販売におけるプラットフォームによる価格決定力の変化

再販制度とは無縁で、流通コストが安価なダウンロード販売は、コンテンツの価格はより自由に決定されるはずだ。だが、そうは問屋が卸さない。これは比喩ではなく、文字通りの意味である。ダウンロード販売における「問屋」、つまり流通プラットフォーム業者がコンテンツの価格設定に大きな力を得るのだ。

音楽配信の先駆けであり、今ではデファクトスタンダードとなったiTunes Music Storeは、日本では1曲の価格が100円、150円、250円という3種類に定められている。他方、アメリカでは1曲の価格は0.69ドルから1.29ドルである。そのため、同じ楽曲であっても国が違えば、コンテンツの価値も変わり、流通プラットフォーム業者の設定した値段が強く反映される。

またプラットフォーム業者の影響力は価格設定だけにとどまらない。コンテンツ産業における流通プラットフォームは、一つの巨大なオンライン店舗とみなすことができる。そのため、価格設定、商品の配置、広告や宣伝など様々な要素において、プラットフォーム業者の影響力が反映される。

第二回のコラムで紹介したキックスターターで大量の資金を獲得したDouble Fine ProductionsのTim Schaferは、あるインタビューでこれについて言及している。彼は、Xbox LIVEやPlayStation Networkといったダウンロード販売のプラットフォームを新しい素晴らしい窓口だと思ったという。そして、これらのプラットフォームがインディーデベロッパーのために成長するのを願う一方、その閉鎖性を嘆いてる。

Tim Schafer

キックスターターで300万ドル以上の資金を集めたTim Schafer(撮影:Georgina Goodlander)。

Schaferが言うには、これらのプラットフォームではゲームにパッチを当てたり、更新したりするためには大量の資金がかかる。そのため小規模なデベロッパーはお金のせいでゲームをアップデートできないという自体が生じると言うのだ。

だが一方で、Schaferも指摘するように、App StoreやGoogle Play、Steamといったよりオープンなプラットフォームも登場してきた。これらの流通プラットフォームは、ゲームのリリース、アップデートなど様々な点で、Xbox LIVEやPlayStation Networkより、デベロッパーが自由に管理できる。

(Tim Schaferのインタビューは以下を参照:http://www.eurogamer.net/articles/2012-02-17-schafer-microsoft-has-ignored-warnings-over-xbla-declinehttp://www.hookshotinc.com/interview-schafers-millions/

そして何よりも、価格設定が自由になったことの恩恵は大きい。デベロッパーやパブリッシャーはプラットフォーム側の価格設定に縛られることなく、自由に価格を変化させることが可能になり、結果として以下で見ていくような新しい販売方法が現れてきているのだ。

ダウンロード販売で頻発するセール

以上のようにオープンな流通プラットフォームが整備された結果、デベロッパーやパブリッシャーは自由に価格変更を行えるようになってきた。そのため、ダウンロード販売においてはパッケージ販売ではありえなかったくらい、セールが頻繁に行われている。

セールそれ自体は、別に新しいものではない。ダウンロード販売が登場する以前から、消費者を惹きつけるために強烈な効果を持った伝統的な販売・宣伝方法の一つだ。だが、コンテンツのダウンロード販売におけるセールの役割は、スーパーでの生鮮食品のセールやデパートでの衣料品のバーゲンセールなどとは多少、性格が違っている。

第一に、通常の店舗で行うセールとは、在庫処分の意味合いが強い。デジタル情報とは異なり、実際のモノを管理・販売する店舗は、在庫を抱えるだけでもコストが発生し、さらに生鮮品などはドンドン劣化する。他方、ダウンロード販売において売られるゲームは複製も管理も容易なデジタル情報である。ではなぜ売り手側は、セールを行うのか?

大きな理由の一つは、宣伝効果である。「セールを行っている」ということ自体が価値のある情報であるため、ゲームのセールを行うと各種メディアで報道され、結果、宣伝効果を持つのだ。たとえ、セールを行うことによって売り上げが何割か減ることがあっても、通常価格で販売するよりも売り上げが伸びるのならば、十分にセールを行う理由になり得る。

App Storeランキング

コラム執筆時のApp Storeランキング。トップ10のうち5つのゲームがセール中のものだ。

さらにApp StoreやGoogle Playにはランキング機能が付いている。これらのランキングは特定期間のダウンロード数などを集計することによって算出されるため、セールを行うことによって特定のタイトルをランキングに食い込ませることができる。たとえ、ランキングを目にしたユーザーが購入するまでに至らなくとも、ランキング上位にあるゲームタイトルはユーザーに「人気のあるゲームだ」という印象を強く与えるのだ。

イベント化するセール

セールのタイミングは、「ゲームリリース」、「メジャーアップデート」、「続編リリース」、「姉妹篇リリース」など多岐に渡って行わる。またパブリッシャーやデベロッパーは新作のリリースタイミングに合わせて、これまでのゲームタイトルのセールを行うことにより、企業としてのブランド力を強化することもできる。

ただし、こういった大規模なセールはリリースタイトルが少ない小規模なデベロッパーが行うことは難しい。まだ一つか二つしかゲームをリリースしていないデベロッパーがセールを行なっても、報道してくれるメディアも少ない。さらにApp Storeなどのランキングには、EAやGameloft、CAPCOMといった大手パブリッシャーが常連として居座っており、セールの力によってランキングに食い込むことも難しいのだ。

そこで小規模なデベロッパーが選ぶ戦略はただのセールではない。例えば、他のインディーデベロッパーとの合同セールを行うことで、規模感を押し出すことができる。本コラム第一回で触れたBecause We Mayもそんなインディーデベロッパーの大規模合同セールであった。またPCゲームの流通プラットフォームであるSteamでは、ホリデーセール、ウィークエンドセール、シーズンセールから、はたまた「小惑星接近セール」などの時事ネタに便乗したセールを頻繁に行なっている。これらのセールに参加することで、小規模なデベロッパーであってもユーザーの目にさらされる機会は増やすことが可能だ。

以上のようにダウンロード販売におけるセールは、ユーザーにゲームタイトルを印象づけ、話題性、イベント性を演出していくための重要な手段である。そして次に紹介する「バンドル売り」もそんなイベント性を演出した新しいセール方法だ。

Humble Indie Bundleの登場:バンドル売りとpay-what-you-want方式

「バンドル」とは、英語で「束」や「小包」のことだ。「バンドル売り」とは、要するに、複数のゲームタイトルがつまった「パック売り」、もしくは「福袋」のようなものだ。

現在のバンドル売りの流行を作ったHumble Indie BundleはインディーデベロッパーのWolfire GamesのJeff Rosenが始めたものだ。彼は上述したSteamのセールで、バンドル売りが成功していることに目をつけた。そこで彼は、異なるデベロッパーのインディーゲームをバンドル売りできないかと考えた。そして、本コラムでも紹介したWorld of Gooなどの評価の高い5つのゲーム(途中で1タイトルが増えて6つのゲームになった)をパッケージにすることで話題を集め、たった2週間の期間限定セールでなんと100万ドル以上の売り上げを上げたのだ。

Humble Indie Bundleの特徴は、異なるデベロッパーによる合同セールという点だけではない。驚くべき点は価格の設定方式にもある。なんと「定価」が存在しないのである!昨今では、この方式はpay-what-you-wantと呼ばれ、ユーザーは「支払いたい金額を払う」のである。この方式の先駆けは、World of Gooがリリース一周年記念として行ったものだ。この2週間のセールでWorld of Gooは57,000回ダウンロードされ、結果として117,000ドルの売り上げを得たのだ。

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ユーザーは自由に価格を設定できる。

同じくHumble Indie Bundleにも「定価」が存在しない。買おうと思えば、1ドル以下の値段で複数のゲームが購入できるのだ。さらにHumble Indie Bundleの面白いところは、ユーザーが自分で決定した価格を「Developers」、「Charity」、「Humble Tip」の三者に自由に分配できる点だ。ゲームを制作したデベロッパーに全額支払うこともできるが、「Charity」や「Humble Tip」を選択し、チャリティー団体や運営側に寄付することも可能なのだ。

humblebundleV寄付

グラフの右に高額寄付者たちのランキングが表示される。

また最低価格と同様に最高価格も存在しない。つまり払いたい人は、好きなだけいくらでも払っても良いのだ。Humble Indie Bundleには高額の寄付者のランキングが可視化されているため、インディーゲームの有名クリエイターたちは、こぞって寄付合戦をしている。マインクラフトの作者のNotch氏などは毎回、2,000ドル以上の高額寄付を行なっている。

Humble Indie Bundleは特定のデベロッパーやAndroidゲームに特化したバンドルなども行いながら、着実に人気を集めている。先日、行われたHumble Indie BundleⅤでは2週間で、599,003本のダウンロード数を記録、総額5,108,292ドルの売上となった。pay-what-you-want方式ながらも、ユーザーは平均して8.53ドルを支払っている。

以上のようにHumble Indie Bundleはただの合同セールに留まらず、pay-what-you-want方式、チャリティー、高額寄付者のランキングなどを駆使することで、一種のお祭り感をうまく演出している。実際に購入してみた私の印象から言えば、単なる「コンテンツの消費」をしたというよりも、「Humble Indie Bundleに参加した!」というイベント性が非常に強いのは確かだ。

 爆発的に流行するバンドル売り

Humble Indie Bundleの大成功の結果、インディーゲームシーンには雨後の竹の子のようにバンドル売りが流行している。あまりにも多すぎてここではとても紹介しきれない数になっている。(バンドル売りのまとめサイトも登場しているので、興味がある方はこちらをチェックしよう:http://www.indiegamebundles.com/

Indie Royale

現在Summer Bundleが販売されているIndie Royale。右に表示される「$5.35」が現在の最低価格だ。

ゲームのセレクトから価格の設定方式に至るまで、どのバンドルも個性を打ち出してきている。例えば、Indie Royaleというバンドルでは購入者が増えるにつれて、最低価格が上昇していき、速く買えば割安になる。一方、一定金額以上の値段で購入すると、その後の購入者の最低価格が下がるというユニークなシステムも採用されている。

またインディーゲームシーンでのバンドル売りが流行する中、先日、EAがパブリッシャーとなってSteam上でEA Indie Bundleリリースした。販売されるゲームはインディーデベロッパーのゲームであるのは間違いないのだが、ゲーム業界最大手であるEAが「インディー」という名前を冠したバンドルを発売することに関しては、議論を呼び起こしている。

インディーゲームシーンの側から見れば、EAがインディーゲームを食い物にしているように映り、良くも悪くも「バンドル売り」そのものがインディーゲームの象徴となった印象を覚える。

今後も問われる「コンテンツの価格」

以上見てきた通り、現在のインディーゲームでは、ダウンロード販売におけるコンテンツの価格設定に関する興味深い実験が行われている。バンドル売り、pay-what-you-want方式といった新しい価格設定のあり方は、今後のコンテンツ産業の未来を考える上でも非常に参考となる事例である。

食料品や衣料品などの生活必需品とは異なり、コンテンツの価値は人によって異なる。同じ音楽やゲームに対しても、100円の価値しか見出さない人もいれば、1万円以上の価値を見出す人もいるだろう。そのため「適正な価格設定」とは、究極的にはユーザーの各人が納得する値段なのかもしれない。

日本国内では、コンテンツのダウンロード販売がまだまだ浸透していない。確かにダウンロード販売には違法コピーの流通といったデメリットも存在するため、業界が慎重になるのも分からなくもない。

しかしながら、インディーゲームにおける新たな「コンテンツの価格」のあり方からは、単なる「生産者-消費者」という関係を超えたコミュニティの可能性が見て取れる。つまり、 ユーザーはコンテンツに対して対価を払っているというよりも、コンテンツを生産するシーンやコミュニティに対して寄付をするという新たな関係性が成立しつつある。

次回、更新は7月17日、国内のインディーゲームを扱う予定です。お楽しみにお待ちください。

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執筆者: 編集部